山田博文の開業ブログ

行政書士試験に6回落ちた人間の開業体験記②

9月に開業し、すでに一日のPVが500を超えるまでに成長したサイトを運営する山田博文先生の開業ブログです。

今回は全3回のうち、2回目の寄稿です。

 

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それでは、どうぞ!

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1か月ぶりの登場となります、山田です。

前回の投稿で競馬だ麻雀だと、ろくでなしぶりを包み隠さず露呈しております。

決して人間性を落として読んでくれている方に「少なくともコイツよりは自分の方がマシだろ。」と安心感を与えるつもりではありません。

本当に素がこのままなのです。

 

今回は、行政書士試験に合格後はどうしよう?トカ

開業するつもりでいるけど本当にやって(食って)いけるのか?トカ

営業や集客に悩んでいるといった層の方、つまり開業直前や開業直後の方に焦点を当てた内容にしてみるつもりです。

とは言え、あまり参考にならなかったらすみませんと予め謝っておきます。

 

ところで、あなたは既に業務選定を済ませていますか?

専門業務を選んだ方が良いという意見は行政書士開業本やその手のサイトでは当たり前のように書かれています。

例えばあなたが猛烈にうなぎを食べたいと思った時、ファミレスに行こうとなりますかね?

うなぎしか出さないうなぎ屋に行くんじゃないでしょうか?

すみません、将棋の藤井9段の名言を少しパクりました、いや一度使いたかったんです。

 

一生に一度依頼するかしないかという依頼人に取って重要な手続きはやはり専門家に頼むのが人情ではないでしょうか。

そういった意味では何でも出てくるファミレスではなく、うなぎ専門店を目指すのが王道かと私も思うのです。

 

じゃあ山田、お前は最初から運送業許可専門を目指していたのか?

実は違うんです。

最初は私も、おそらくあなたと同じ業務を選定しようとしていたんです。

 

前置きが思いのほか長くなったので続きは本編にて

 

 最初のビジョン

行政書士試験合格後に開業する為の知識を詰め込んでいました。

それは本を読んだり、色々な人と話したりしてです。

その中で当時私なりの戦略を練っていたので紹介してみたいと思います。

 

専門業務

あなたもそうかもしれませんが、大多数の方が遺言・相続をメイン業務にと考えているのではないでしょうか?

私も何回か試験を受けている間に、”遺言・相続の専門家になる”と思っていました。

長年試験を受けている間に自然とそう考えるようになっていました。

普通に考えてですよ、これだけ高齢社会だの何だの騒いでいれば自然にそう考えますよね。

ビジネスとして考えた場合、今の日本で一番お金を持っているのって団塊の世代以上の方たちじゃないですか。

その方達を相手にした商売って普通に辿り着くと思うんですよね。

 営業方法

私の友人に実業家がいるのですが、もっぱら立て看板や吊り革広告等のアナログ手法が地味に効くと言い続けるのです。

国道沿いに10㎡くらいの立て看板を出しても田舎だから年間3万でオツリが来ると言ってました。

たしかに効くのかもしれませんが、デジタルな部分が一切無いのは現代社会において無謀な気もします。

数年前に近所に癌センターという施設が出来たので、そこの入り口の目の前に立て看板をと露骨に考えていました。

 

しかし、その程度です。

曖昧なベクトルに具体的手法も伴わないビジョンで、果たしてやっていけるのだろうか?

試験は失敗しても本業はサラリーマンだったので死ぬことはありませんでした。

しかし、行政書士として開業するからには失敗=死くらいの覚悟でないと絶対に成功できないと思うのです。

地道にコネクションを築いていく時間的余裕もありませんし、当然潤沢な資金もありません。

 

開業部と接触

ハッキリといつからとは覚えていないのですが、開業部を発見した時は衝撃でした。

他の開業サイトとは一線を画し、この人は本物だと思いヒマがあれば読み込んでいました。

ただ、前場亮って本名かよ?って思っていたのも事実です。

少しだけ、いかがわしく感じていました。

 

しかし、開業まで既に2か月を切っていました。

ここをボーッと過ごすか有効に使うかで、スタートダッシュに差が出るのは明白です。

気付いたら開業部に問い合わせのメールを送っていました。

 

「伊豆で一番の遺言・相続の行政書士になりたいです、よろしくお願いします。」

 

って内容だったと思います。

すると、その日のうちに連絡を頂きました。

私の簡単な生い立ち?今後の目標などを話したら、

 

「伊豆で一番を目指されては困るんですよ、日本で一番を目指してもらわないと。」

「やりたい業務をやめろとは言いません、ただ、今生きる為の業務を考えましょう。」

「やはり民事ではなく、許認可を最初は手掛けましょう、次に連絡するまでに何をするか考えておいてください。」

 

名言続出で失神寸前ですよ。

鈍器で後頭部をバチコーンっていかれた気分です。

自分がいかに凝り固まった考えでいたのかがよく分かりました。

それと同時に、この人の言う通りに全てやってみようとたった一度の電話で思いました。

 

そして次の連絡時に「運送業しか勤めたことが無いので運送業許可専門ってどうでしょう?」と尋ねると

「運輸局関連は業務が豊富で良いですよ、キーワードプランナーでも数字ありますし。」とのこと。

ここで運送業許可をメイン業務に据えることに決定したのです。

しかし、また運送業と関わるのかぁって思いが正直なところです。

 

山田と運送業

 静岡編

高校を出て最初に就職したのは当時F1を走らせていた某路線運送会社でした。

バブルが弾けたと世間では言われた直後でしたが、求人倍率が9倍あったので選び放題です。

あまり賢くないので、給料月額が一番高い会社に入りました。

すると職業運転手のフリーダムっぷりに憧れ始めます。

21才になったと同時に大型免許を取得し、直ぐに10tトラックに乗せてもらえる会社に転職しました。

日本全国を走り回るのが最初は楽しかったのですが、3年もすると飽きてきます。

運良く?会社の配車担当が飲み過ぎで入院したので、私に白羽の矢が立ち、事務所仕事にコンバートです。

これがなかなか奥深い仕事で、毎日必死で働いていました。

しかし20代中盤を折り返した頃、このままでいいのかな?と無駄な不安に駆られます。

配車業務の探究心や、プライベートで思うところもあり、大阪へ旅立つことにしました。

大阪編

漆黒企業入社

最初に入った会社がアウシュビッツみたいなところでした。

朝早くから日付が変わるくらいまで牛や馬の如く働かされます。

そして世間では”配車の学校”と呼ばれ、同業他社にはOBを多数輩出している名門でもあったのです。

「そこでシッカリと配車の勉強をしておけば他所の会社に入っても務まるから頑張れ」と同業他社の先輩に言われました。

 

しかし、静岡で海風に吹かれお茶をすすって生きてきた自分の甘さに気付かされます。

配車業務ですので電話商売が基本となるのですが、内容があまりにエグイのです。

「オマエのせいで次の荷物積まれへんやないか!オマエ15時には積める言うたやろ?どないしてくれんねん!あ?オマエ今すみません言うたよな?謝ったちゅうことは悪いと認めたことやんな?ほんならどないすんねん?」

これが相手との電話内容で、こんな会話がアチコチで飛び交う事務所です。

こんな仕事を毎日していたので、こうきたらこう返す、するとこう返ってくるから更にこう返すみたいな技術?話術?が勝手に身に付いていました。

 

ちなみに忘れられない思い出?が、ある朝の朝礼で部長が「会長がラスベガスで1,000万スッてきたからオマエラ頑張って仕事で取り戻せ」と言ったことです。

まぁ3か月でその会社を脱走してからは転々とするんですが、そこで身に着けた配車の腕で生きてこれたのだから感謝しなきゃなのかもです。

嘘をつくのが仕事

よく大阪の配車マンの会話で「配車マンは全員嘘つき」と言います。

実運送だけではなく、貨物取扱い事業もするのが普通なのですね。

貨物取扱とは、例えば

A運送:大阪から東京まで10tトラックで運ぶ仕事を9万で持っている

B運送:大阪にいて東京まで運ぶ10tトラックの仕事を8万で欲しい

これをマッチングさせる仕事で、通称:水屋と呼ばれています。

上記の場合ですと極端な例になりますが、A運送には「トラックはいるけど10万欲しいと言ってる」と言い、B運送には「7万しか出せないと言ってる」と言います。

それを双方と折衝して折り合いをつけるのが水屋です。

これを毎日何本も成立させていくので、嘘をつくのが仕事と言われても仕方ないかもしれません。

独立

息を吐くように嘘をつき、話術も身についてきた頃に一度だけ独立をします。

まぁ最後は裏切られちゃうんですけど、この時にうっすらと再度何かで独立をしたいと思っていたのかもしれません。

終盤

そんな仕事だったので、静岡に帰りたいと思うようになるのも自然なことだったのかもしれません。

ただ、ドップリと浸かってしまっていたので、静岡に帰っても同じ仕事なんてできないのですよね。

帰る為の材料としての行政書士試験合格という片道切符を必死になって取得したのです。

 

フォローするつもりではないのですが、ここ数年はそんな荒れた電話をする配車マンはごく一部を除いていなくなりました。

嘘は全員ついてますが、だいぶ穏やかな世界になっています。

 

そして大阪でだいぶ肝が据わりました。

そんな嘘ばかり毎日つく日を送っていたのだから、ちょっとやそっとじゃ電話で臆することがないのは現在でも大きいかもしれません。

 

前場先生が事務所にやってくるヤァヤァヤァ

7月の終わりに前場先生が私の事務所にやってきました。

これが悔しいけど男前。

それを見て「本物や」って発したのが第一声。

少しテンションが上がっている自分に気付きました。

 

そしてワードプレスの操作方法や行政書士の心構えなどの有難い話が止まりません。

意外だったのは思いのほか熱い人でした。

得意技=SEOなんて人間だから無機質に感じていたのかもしれません。

集客→SEO→受任→うぇ~いって人だと思っていましたが、全然違います、マジ卍とか言いません。

集客の前段階で猛烈な知識の詰め込みをしている人だったのです。

受けてから知識を詰め込むってよく聞く話ですが、それ以前の段階で知識を得てお客様と接することを信条としており、プロ意識が凄く高かったのです。

あの写真からは想像できないかもしれませんが、集客集客SEO~ってだけじゃなかったんです。

 

一通りの講義が終わり、帰る前に宿題が出ました。

”コンテンツを1週間で1つ書き上げること”といった内容です。

訪問される前にいくつかのコンテンツを私なりに書いてあったんですが、全てダメ出しされました。

その中の一つを完璧にすることを命じて帰っていったのです。

 

前場先生と出会って、何が一番有難かったかはベクトルが細かく定まったことです。

専門業務:運送業許可をはじめとする運輸局関連業務

手法:ワードプレスを用いたSEO

開業前に進むべき道が定まっており、あとは信じて突き進むだけって言葉にすると簡単かもしれません。

ですが、開業前の私には凄く大きなことだったのですね。

 

コンテンツ作成

お題は「運送業 許可 不要」です。

なかなか難しいテーマですが、自分なりに精いっぱい書き上げます。

提出すると、前場先生がチョコチョコっとリライトするのです。

それを読み返すと、自分が完成形と思っていたものが未完成だったことに気付きます。

再度自分なりに完璧だと思えるまで手直ししてみます。

また同じように前場先生がリライトすると別の読み物になるのです。

悔しくて、バズ部は当然読みつくし、他のコンテンツ作成や文章術みたいな本を何冊か読みました。

1週間経って、「ギリギリ合格」と言ってもらえた時は嬉しくて半泣きしました。

それがこの記事です。

一般貨物自動車運送事業(営業ナンバー)の許可は不要?

 

このクオリティを維持して8月中に30コンテンツを書き上げろという指令がくだります。

正直、他の運送業許可を手掛ける行政書士サイトは国交省の文面をコピってるようなものばかりです。

それをどこよりも分かりやすく丁寧に説明していくコンテンツを書き続ける毎日が続きます。

 

許可申請要件などはジックリ読み込んで、時には運輸局に電話して教えてもらったりして作成しました。

しかし、運送業関連の知識に関する記事は、私が運送業で過ごした25年の知識と経験のみで書いてあるのが殆どです。

これが全くの畑違いの出身であれば、今のコンテンツは殆ど書けていないかと思います。

 

生意気かもしれませんが、これは大きなヒントかと思います。

前職の経験を生かした業務はコンテンツ作成において相当大きくアドバンテージを得られます。

また、あなたの周りの友人知人が多くいる業種なども良いでしょう。

 

暑い夏を休み無しでコンテンツ作成の日々で過ごします。

こう聞くとコンテンツを沢山書けば良いと捉えられるかもしれません。

前場先生がギリギリでも合格と言ってくれたクオリティを維持しなければ意味を成さないのです。

120点の回答を与えられる記事を目指して頑張り続けるしかないのです。

 


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監修

行政書士として年間300件以上の許認可・民事案件の依頼を受ける。 士業向けのコンテンツSEOでの集客のコンサルタントも務める。
行政書士 前場亮事務所
106-0031 東京都港区赤坂9-1-7 赤坂レジデンシャル534
tel 03-6418-1075(許認可)

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